ママあっち行って

「3歳の娘への接し方がわからなくなりました。どうしたらいいですか?」

 私の娘は最近、私を嫌いというようになった。ママあっち行って、と私を遠ざけるようにもなった。機嫌が悪い時にぐずるのは、仕方がないことだと割り切ろうとした。それでも、毎日毎日愛情を注いで世話をしている娘から、そのようなことを言われるたびに、深い悲しみが私を襲った。娘と喧嘩することも増え、私も精神的につらくなった。解決策を求め、私はカウンセラーのもとへ、足を運んだ。

 カウンセラーの先生は、私をほめてくれた。よく頑張ったね、と。そして、娘の行動は、私に意地悪をしたいわけでも、嫌っているわけでもないということを教えてくれた。

「お子さんは、素直になれないだけなの。だから、お子さんがあなたに意地悪をしている、ととらえているあなた自身も問題なの。そして、頑張りをお子さんに認めてほしいという、その考えも」

私は首をひねった。子供に認めてほしいと思った記憶がないからだ。

「……そうね。じゃあ、あなたがお子さんにしていることを教えてくれる?」

「ご飯を作ったり、洗濯したり、送り迎えをしたり、習い事をさせたり」

「今言ったことは、お子さんのためにしていることよね。でもそれは、本当にあなたがしたい事なのかしら」

 私は、先生から思わず視線をそらした。

「ママ友や、ほかのお母さんたちがみんなしていることです」

「したいことなの?」

 先生は、穏やかな口調でもう一度尋ねた。声はやわらかいものの、どこかすごみがある雰囲気だった。そのオーラに圧倒され、私はしぶしぶ口を開いた。

「……嫌々です」

「嫌々ね。それでいいのよ」

 先生は、私を否定することはなかった。

ただ、そのようなことを言ってしまえば、周りからどう思われるだろう。最悪な母と罵られるのではないだろうか。子供ではなく、自分を優先するような醜い人だと。

「あなたは、周りの目を気にしてしまうかもしれないわ。でも、それが問題なの。他人に認められようと、必死になっている。そのうえ、お子さんもあなたを否定する。誰もあなたの努力を認めていないの」

「……そうかもしれません」

「周りのお母さんがしている育児は、『当たり前』になってしまっているから。自分が母親として劣りたくない。その想いが苦しみの原因なの。そしてこの努力をわが子だけには認めてほしいと願っているの。」

 子供にとっても、周りにとっても、いい母親になりたかった。だが、私は心から世話をしたいわけではなかった。私が今までやってきたことは、すべて子供のため、そして世間体のため。

「苦しいです」

「そうね。もっと気楽でいいのよ。ダメな親でもいいの」

「ダメ親でもいいなんて、、、勇気がありません」

「あなたは自分に意地を張っているの。いい親じゃなければいけないって、思い込んでいるだけ。いい親になろうと意地を張らなくてもいいんだよ、って自分に声をかけてみて。きっと気持ちが和らぐわ」

「いい親になろうと意地を張らなくても、いいんだよ。」私は何度も心の中で繰り返した。すると、胸のあたりの重い塊が、徐々にほどけていく感覚がした。ホロホロと、暗い気持ちがこぼれていく。あとに残ったのは、青空のように澄みわたった、晴れやかな気分だった。

「世間には今まで通りでいいの。また苦しくなったら、自分に声をかけてみてね。いい親になろうと意地を張らなくてもいいんだよ、って」

「はい」

先生の優しい一言に、私は大きくうなずいた。

「次は、どうして子供が反発をするのか、考えてみましょう。どうして子供はぐずるんだと思う?」

「……わかりません」

「そうよね。だから悩んでいるの。お子さんの立場になって考えてみましょう。お子さんはどんな生活か、想像してみて」

 私は、白い天井を見上げながら、考えを巡らせた。朝起きて、私に着替えなさい、朝ご飯を食べなさい、と言われる。幼稚園に行って、友達と遊ぶ。先生からたまに叱られる。習い事に行く。勉強をする。言葉を覚える。

「たくさんの出来事があります」

「そうなのよ。今の時代の子供は、とても大変なの。だから、お母さんには甘えたいのよ」

たしかに、子供がぐずるのは、何かを終えた後や、私がかまってあげられなかったときが多かった気がする。

「でも、あなたがお子さんを否定したり、傷つけてしまったりするから、お子さんは、あなたに『甘えたい』って素直に言えないの。どうしたら甘えられるのか、それを子供は、どう表現していいか分からない。分からないから、子供は母親にぶつけてしまう」

「……それは、そうですね」

「だから、お子さんがあなたに何を伝えたいか、お互い確認しあえばいいの。まずは、子供が言いたいことを、あなたが代弁する。そして、あっているか聞く。これだけで、子供は自分の気持ちの伝え方を、覚えてくれるのよ」

話すだけなら簡単だ。ただ、実行に移すのが難しい。それに、私は、子供の想いを受け止めることができる自信がない。

「どうして、受け止められないと思う?」

先生は、私の気持ちを見透かしたように問いかけてきた。私は、目を見開きつつも、再び上を眺めながら頭を回転させた。日常の生活を片っ端から挙げてみる。しかし、これといった問題点は、見つからない。

「……わかりません」

「あなたは、心にゆとりや余裕がないの。ほかの出来事に、精力を注いでしまっているのよ。それは、家事かもしれないし、仕事かもしれないけれど」

「なるほど」

「もし、あなたの心にゆとりや余裕があったら、どうなるかしら」

「仮にゆとりがあれば、子供のすることなすことすべてが、かわいく見えます」

「そうなのよ。本質的な問題は、あなたの心の余裕なの。次回からは、そのことについて、カウンセリングしていくわ。あなたがいつか、ゆとりをもって生活できるようにね」

 それから、私は何度もこの部屋へ足を運んだ。先生のカウンセリングで、私には他人と自分を比べる癖があることが分かった。悩みだらけで、ほかのことに構っていられなかったのだ。それは、自分を受け入れることで、解決することができるだろう、そう言われた。

もちろん、急に性格を変えることなんて、できるはずもない。長い年月を経て、少しずつ変わっていくのだろう。それでもいつか、私はわが子と幸せに暮らせる日を、願ってやまない。

Follow me!

コメントを残す

前の記事

恥じらい

次の記事

お客様の声