恥じらい

私は生まれて初めて、ファーストフード店に就職を果たした。接客に清掃、厨房作業など、大変ではあったものの、やりがいを感じる仕事だった。ただ、私は内向的だった。ほかの業務はそつなくこなすが、接客業で大きな声を出すことだけは、恥ずかしくて仕方がなかった。

 いらっしゃいませ、ありがとうございました、またのご来店をお待ちしております。そういった挨拶を、お客様に向けて何度も言った。しかし、そのたびに店長から注意をうける。腹から声を出すようにと。

 一度言われて改善できるなら、苦労することはない。だが、私は店長から繰り返し声量について指摘された。幽霊みたいな声だ、もっと明るくはきはきと、と。そのように言われても、私は改善するどころか、自信を失い、ますます負のループにはまってしまう。これ以上、頑張ることもできない。苦しくてたまらなくなった私は、憧れているバイトの先輩に声をかけた。

「先輩、接客で大きな声が出せないんです。どうすればいいでしょうか」

先輩は、私の経緯を聞き終えると、わかるよ、と言って共感してくれた。

「私にもそんな時期あったな」

「そうなんですか?」

意外だった。私の隣でいつも笑顔を崩さず、お客様の目を見て朗らかな声であいさつをする先輩にも、私と同じ時期があったとは。

「うん。最初は恥ずかしくて恥ずかしくて、顔が真っ赤になったくらいだよ」

「今の先輩を見てたら、全然想像がつきません」

先輩は、私の言葉に少しはにかんだ。

「私はね、周りの目ばっかり気にして自分に自信がなかったの。どう思われてるんだろう、とか失敗しないかな、とか思うと不安になっちゃって。でも、仕事に自信がついてくると、仕事が楽しくなって自然と声が出るようになったよ。だから、あなたも自信を持てばきっとできる」

「自信を持つにはどうすればいいですか?」

「自信は、なれることで身につけるしかないと思うけど……」

「慣れる気がしないんです」

注意されて、自分への自信を無くしている今、その段階を踏むことは難しい。私はそう思った。先輩は、そんな私の表情を見て、深刻な問題なのだと悟ったらしい。

彼女は私に、知り合いのカウンセラーを紹介してくれた。

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「恥ずかしくて、声が出せないのね」

「はい」

観葉植物と、白い壁に包まれた部屋。カウンセラーの先生は、私に向けて、明るく少し早い口調で話しかけた。

「声を出すとき、何が不安なの?」

「周りから私はどう思われるんだろう、って周囲の目を気にしてしまって。声を大きく出そうとしても、何かがのどに詰まっている感じがするんです」

 先生は、普通のカウンセラーとは何か違う空気だった。声音は優しいが、はきはきとして、気の強そうな人だ。今まで何度か出会ったカウンセラーは、皆ほんわかとした空気をまとっていたから、少し驚いた。

「トラウマかしら。授業の発表で失言したり、人前で失敗をしたり、自分自身が恥ずかしい想いをした、もしくは恥ずかしい想いをしている人を見たことがある?」

「ありました。私が小学生のころ、自分の意見を発表したときに、回答が間違っていて、クラスメイトや先生から大爆笑されました。恥ずかしすぎて、その場から逃げ出したかったです」

 私は正直な想いを、先生に伝えた。あの時の失敗を思い返すと、自然と嫌な気持ちがわき上がり、心の中で渦を巻く。たとえ、わけのわからない回答だったとしても、私からしてみれば、一生懸命導き出した答えだったというのに。

「その時のトラウマかもしれないわね。間違った回答を発表したとき、クラスメイトからあなたは、どう映ったと思う?」

「笑いものです」

「そうね。その時にあなたは、二度と笑い者にはなりたくないと決めたのね。だから恥をかかないように必死なの。一生懸命自分を守っているのね」

 なるほど、よい解釈としては、自分自身を守っているということになるのか。私は妙に納得した。もともと前向きな性格というわけではなかったので、先生が言う内容は、新鮮なものだった。

「イメージしてみてね。今のあなたが、当時の小学生になったとします。クラスメイトが恥をかいているのを見て、からかいながら笑っている人をあなたはどう感じる?」

「頑張って答えているのに、何が面白いのかわかりません」

「そうなのよ。人の失敗が面白いのはね、精神年齢が低い小学生ならではのこと。でも、何でも面白い時期だから仕方がないのよ」

 先生は他にも、他人の失敗を見ると快楽を感じる原理について教えてくれた。どうも、脳内の物質が関係してくるらしい。難しい話だったが、かみくだいた説明に、私は何度も相槌を打った。

「結論を言うと、あなたは、小学生の感覚を引きずっているの」

「小学生の感覚ですか?」

「そう。あなたは今も周りの人たちが小学生と同等のレベルだと思っているの。だから、人から常にからかわれるかもしれないと考えているの」

「……そうかもしれません」

私は、急に恥ずかしくなった。私は周りの人を小学生とみていたとは。先生は、私の様子を見て、とっさに気を使ってくれた。

「あなたが気にすることはないわ。そうね……人がミスした時にフォローする人を見たことはある?」

「あります。とてもありがたいです」

 先輩も、その一人だった。私が仕事場でミスをしてしまったとき、厳しく指導してくれながらも、たまにはそんなときもあるよ、そう言って支えてくれた。

「その人の対応が大人なの。あなたを笑う人たちの精神年齢が、幼いだけのこと。大人は人が成長することを知っている。また、若い人は成長している過程であることも知っている。あなたは人に恵まれてなかっただけのこと。あなたが悪いわけではないのよ」

「そうなんですね」

自分が悪くないと思うと、胸に突っかかったものがポロリと取れた気がした。体も幾ばくか軽くなった。

「本来の大人に出会えてないことが今回の悩みなの原因なのよ。普通は周りに応援してくれる大人が居るものなのなんだけど最近はそういう見本となる大人が少ないから残念よね。」

「見本となる大人……」

 特に顕著なものは、ネットの世界だろう。いい年をした大人が、人の失敗に付け込んで、騒ぎを大きくするところを何回も見たことがある。そのたびに、私は怖いと感じていた。

「想像してみて。あなたが見本となる大人だとして、過去のあなたのような小学生の児童が声が、恥ずかしそうにしてたらどう映るかしら」

「頑張って、と応援する気持ちです。もし言い返せた時には、その子の親のように嬉しく思います」

「そう。私もそう思いながらあなたを見ているわ。あなたにもそういう大人になって欲しいわ」

 私は先生に向かって、大きくうなずいた。指切りこそしなかったが、約束のようなものだと私は思っていた。失敗を責めず、前向きにとらえ、誰かの心に寄り添ってあげたい。将来、私のような人が少しでも減って、失敗を恐れずにチャレンジできる人が増えてほしいと願っている。

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