生徒指導

私は、高校の生徒指導を担当している。生徒指導とは、「個性を尊重しながら、行動力や社会的資質を高めるような教育活動」だ。実際、私は生徒指導として、ほかの学校では優秀な生徒を、何度も導いた覚えがある。信頼を築き上げ、根気強く指導し続けた結果、変わった生徒もいる。子供たちが日々成長する姿を見る。それが、この仕事のやりがいだった。

しかし、この学校はそう上手く事が運ばなかった。髪をピンクに染め、ワイシャツの第三ボタンまで開けている人がいる。先生の話には耳を傾けない。授業中に平気で会話し、外に出て行ってしまう。トイレの芳香剤の中身をまき散らす。ある生徒が、防災時にならす緊急事態用ボタンを押し、学校全体がパニックに陥ったこともある。その他、問題点をあげたらキリがない。

私はもちろん、そんな生徒たちにできうる限りの指導をした。だが、何度注意しても、生徒たちは、私の話に耳を貸さなかった。説得しようとしたら、適当な返事が返ってくる。生徒があくびをすることも多々あった。

このままでは、悪い大人になってしまう。就職すら困難になるかもしれない。こんなことで、人生を台無しにしてほしくない。私は、理解してもらうために必死だった。

ある日、女子生徒がちぎったティッシュペーパーを、廊下中にばらまいた。床が真っ白になり、授業を始めようと教室に向かった先生たちが、次々と滑ってしりもちをついていた。その姿を見て、彼女は腹を抱えて笑い出した。私はすぐに、彼女を説得しようと放課後に彼女を呼び出した。

 女子生徒は、反省の色など全くなかった。金髪に、赤い口紅。スカートは太ももまで短く切り、ピアスの穴を耳にあけている。私が何を話そうと、スマホの画面を見るばかり。そんな彼女の姿を見て、どこからか、激しい怒りがわいてきた。

なぜ、わからないの?あなたがそのままでは、ダメだということに。この厳しい社会では、生きていくのが大変だということに。抵抗したって、結局悪いことは将来の自分に返ってくるだけだ。なんとしても、そのねじ曲がった心を正さなければ。

女子高生の姿や態度に、胸の中の燃え盛った炎が、徐々に大きくなっていく。拳を固く握りしめ、手のひらに爪を食い込ませた。

そういえば、なぜ私はこれほど憤怒しているのだろう。女子高生の態度が悪いから?それとも、校則をやぶっているから?自分にいくつか問いかけるが、やはりどれも違う気がした。

そして、ふと自分の過去に原因があるのかもしれない、そう思い立った。本で読んだことがある。性格は、幼い環境で決まることもあるのだと。私は、自分の人生を振り返ることにした。

私は、代々教師の家庭だった。父も母も、教える立場にあった。そのこともあって、私は教師になるために、勉強をつづけた。そのために、私はすべて諦めてきた。本当は、なりたい職業、したい事があったにもかかわらず。

 私の目の前にいる生徒は、何かに縛られることもなく、感情のまま自由に生きている。自分のしたいことを精一杯やって、今を生きている。自分のしたいことをできている彼女と、過去の自分を重ね合わせていた。そうだ、私は、彼女がうらやましかったのだ。

 私の怒りの矛先は、生徒ではなく、自分自身だ。自分自身が、自由に生きていられない事が、許せなかったのだ。この激情は、自分の殻を破れないことへの憎しみだった。

 ただ、私が考えた通りだとすれば、私は生徒に向けて、八つ当たりをしていたことになる。うらやましいという感情で、生徒へ怒りをぶつけていた。私は情けない人間だ。

 どうすれば、殻を破ることができるのか。自分のやりたい事をする勇気が持てるのか。

────いい見本が、目の前にいる。不良の彼女が答えなのだ。

私は日々目の前にある答えに気づかなかった。生徒たちは、反抗を通して、私たちに自分の想いを知ってもらいたかった。自分の考えを、最後まで貫いていたのだ。それにもかかわらず、親や社会、そして私に「反抗」という言葉で、自分の考えを押さえつけられている。生徒たちもまた、つらかったのかもしれない。生徒にとっての厳しい社会は、私自身だったのか。

私だけは、生徒の夢を聞いてみよう。生徒の考えを受け止めよう。自分を正当化して、考えを押し付けるのではなくて。そう思うと、目の前の女子生徒が、いとおしく感じた。まるで、子供を見守る母親のように。こわばっていた全身の力が、すっと抜けていく感覚がした。私自身も、無理をしていたのだ。これからは、自分を許し、相手の考えに寄り添おう。

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