だれよりも醜いわたし

机の上に腰を下ろし、足を組んで楽しそうに話す私のクラスの女子たち 。

彼女たちは、私と違って 、一様にかわいらしい顔立ちをしていた。

二重の大きな目に、引き締まった鼻、紅梅色のつややかな唇、ひかえめに色づく桃色の頬。

窓から入り込んだ涼風が、彼女たちの長い黒髪をさらい、 丸みを帯びた輪郭があらわになる。

それはまるで、咲き初めの可憐な花々を目にしているようだった 。

私は心を奪われて、しばらくその画を眺め続けた。

私は自分という人間に、満足することができなかった。

運動音痴、勉強嫌い、引っ込み思案、人見知り 。

集団に入れば、なじむことができず、 人ごみに行けば、パニック寸前。

どれもこれも、虫唾が走るほど 嫌なところばかりではあるが、特に気にくわないのは容姿だった。

目つきが悪い一重の目、大きな鼻、への字に曲がった口、角ばった輪郭。

私自身が不細工だと思っているように、周りもおそらく私のことを、醜い女だと思っているだろう。

こんなにも褒めどころのない人間であるにもかかわらず、自分を罵倒し続けると、胸が針に刺されたように、チクリと 痛む 。

時々ではなく、 自分を責めたときに決まっていつも。

ちょうど話を終えた 女子が、顔をゆがめた私の姿を横目で見ると、 我慢できないとでもいうように吹き出した。

それにつられて、周りのみんなも笑い出し、私をさげすむような目でチラチラと見た。

多分、私の被害妄想なのだろう。

クラスメイトは優しいし、あからさまに人を見下す人はいない。

私の後ろの面白おかしいポスターに、思わず笑ってしまったに違いない。

それでも、外を出歩けば、すれ違った人が私の顔を見て嘲笑うように見える 。

家に引きこもれば、鏡が私をからかってくる。

そのたびに、心は黒い雲で覆わそのたびに、心は黒い雲で覆われていく。

これ以上、見た目のことで傷つきたくはなかった。

深く考え悩んだ結果、私は整形を望む旨を、スクールカウンセラーに相談することにした。

* ** **

「人から容姿について誹謗中傷されて、自分が傷つきたくないってことだよね」

カウンセラーの先生の言葉に、私は首を縦にふった。

首を縦にふった。

顔を見ただけで笑われるのは、これ以上耐えることができなかった。

外見が悪いだけで、どうしてこんな思いをしなければならないのか。

先生は、なるほどね、と相槌を打った。

そして、体を少し前に体を少し前にずらしずらし、驚愕の言葉を口から発した。

「傷つくのを避けるってことは、それだけ自分のことが、大切ってことじゃないのかな。自分を守りたいって、思っているんじゃないのかな」

一瞬理解が追い付かなかった。

それほどまでに、衝撃が大きかった。

自分が大切?

自分を守りたい?

こんなに自分が嫌いなのに、己自身が、かけがえのないものだと思っているの?

私は本当に、心の中でそう感じていたのだろうか。

先生がゆっくりと待ってくれている間、私は懸命に考えた。

しかし、答えは出なかった。

なぜなら、自分の大切さというものを、考えたことがなかったからだ。

「もしかして、自分がどれだけ価値ある人かというに、気づいていないだけじゃない?」

私は首をひねり、あいまいな返答しかしなかった。

先生は、そんな私にむけ先生は、明るい声音で話し始めた。

「これからは、自分を大事にすればいいよ。まずは、自分の容姿を『嫌い』から『好き』に変えていけばいいじゃない。」

「どうやって?」

「そうだなー。先生は、自分の顔は個性だって思ってるし、気にしないからなぁ。どう説明したらいいのかなー。難しいなー、うーん。どうしてそんなに傷つくの?」

かわいい人と一緒にいると、つい比べてしまう。

そんな気がなくても、通りがけにガラス戸があったら、つい私と友達の顔を見て、改めて自分の醜さを認識する。

顔が大きい、目が小さい、肌が汚い、鼻が低い。

だから、かわいい人と写真に映ることも、嫌で嫌でたまらなかった。

そして、数ある顔のパーツの中で、私が特にコンプレックスを感じるのは、腫れぼったい一重の目だった。

友達から「眠いの?」「目開いてたんだ」などと言われたことも、「そんな細い目で見えてるのー?」とからかわれたこともある。

目つきが悪く、誤解されることも多々あった。

その内容を先生に伝えると、彼女は再びうなり始めた。

「うーん。先生は自分の顔に、疑問を持ったことないからなー。十人十色っていうように、外見にも持ち味があるからなー。あなたは一重なのが嫌みたいだけど、二重ならどうなれると思っているの?」

「好きな服が着れるし、堂々と道を歩ける。きっとお化粧だって楽しくなるし、もっとかわいくなれると思う」

「なんでそうやって決めつけているの?」

「だって、不細工な人がかわいい服着て道を歩いてたら、みんな引くでしょ?私もみんなからそう思われるのが嫌なの」

「先生は、人の服やセンスに興味があまりないから、そんなことは考えたこともなかったなー。でも多分、そうやって人を見るのはつらいよね」

「うん」

先生が水を一口飲む姿を見て、私も目の前の水筒を手に取り、のどを潤した。

冷たくて美味しい水を飲みこんでも、暗い気持ちが変わることははなかった。

先生は、机の上に水筒を置くと、いくつか質問を投げかけた。

「あんな不細工な顔して、よく平気で道を歩けるよなーって言っている人がいたら、その人はどんな人だと思う?」

「性格が悪い人。うざい。ありえない」

「じゃあ、すれ違う人の顔を見て、何も思わない人は?」

「人に興味がない人。何も考えてない人」

一見関係がない問いのようだが、なにか伝えたいことがあるのだろう。

私は次の言葉を待ちながら、膝の上に置いていた手を握り締めた。

「そうだよね。先生みたいに、人の顔や服のセンスに興味がない人がいれば、あなたのように、興味があるひともいる。でも、ひとつ気付いてほしいことがあるの」

「……何?」

「あなたは『人や服に興味はあるけど、性格が悪い人』と同じことを言っているんだよ」

「なんで?」

「あなたも自分の顔を見て、自分に不細工だって言ってるでしょ?」

先生の言う通りだった。

たとえ自分に放った言葉でも、人を否定する言い方に違いない。

言葉は時に、刃物となる。

その鋭利な切っ先で、私は自分の心を何度も何度も突き刺していた。

だから、自分の悪口を言って責めるたびに、胸が痛んで苦しかったのだろう。

「それにね、話していてわかったの。あなたは自分の顔が嫌いなわけじゃないんだよ。個性を醜いものとして見る、自分の心が嫌いなんだよ」

でも、と先生はさらに言葉を重ねた。

「あなたのその行動は、自分を守るためにやっていることなの。最初に自分を否定しておけば、自分はそれ以上傷つかないですむでしょう?周りにフォローされれば安心するし、たとえ非難されたとしても、やっぱり自分はこの程度だ、って割り切ることができるから」

私のここが大嫌い。

私は何の役にも立たない。

私は必要とされていない。

私はいない方がいい。

ミスする私はダメな人間。

私は誰にも愛されない。

「自分自身を認めない言葉を発して、周りの慰めを期待する。そんな生き方をするのではなく、自分をいじめていることに気づいて、自分に向けて謝ってごらん。傷つけてごめんね、大切にしなくてごめんね、って」

ごめんね、ごめんね、と心の中で繰り返す。

自分を足で踏みつけたかった。

自分を拳で殴りたかった。

だって私は、重要なことに気づいてさえもいなかった。

謝っても謝り切れない罪を犯した。

「本当は誰よりも自分を想う、そんなそんな自分を守ってあげて。自分の味方は自分なんだよ。自分を愛していいんだよ。先生はこの言葉の意味が、わかるようになってほしいな」

痛いほどに理解した。

恥ずかしいことに、つい先ほど。

他人から飛んできた、言葉という名の大きな刀。

その刃から、自分を守ることができるのは、自分だけしかいなかった。

それなのに、私は守るどころか、自分に刀を切りつけて、私自身を傷つけた。

目頭がだんだん熱くなる。

口元が小刻みに震え、強く握った手のひらは徐々に白くなっていく。

今にも収拾がつかなくなりそうな心をおさえ、私は自分に言い聞かせる。

落ち着いて、冷静になって。

今だって私は自分のことを責めている。

自分のことを傷つけている。

私に寄り添うことができるのも、私を許してあげるのも、私自身なんだから。

傷つけた分、愛してあげよう。

罵った分、受け入れてあげよう。

自分と正面から向き合って、ありのままの自分を好きになろう。

ポケットからハンカチを取り出して、こぼれ落ちた涙をそっとぬぐった。

先生は、私の顔を見てほおを緩めた。

私はそんな彼女に向かって、感謝を込めてゆっくり深く頭を下げた。

雲に覆われた薄暗い心の中は、いつのまにか、陽光がさしこむ青空のように、晴れやかになっていた。

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