何でいつもあいつばかり

味気のない白塗りの壁に囲まれた一室。

窓は桃色のカーテンで覆われ、電気がついているのに、どこか薄暗い。

ここは、高校の相談室。

私は今日、長年ためてきた想いをぶつけに、ここまで来た。
机をはさんで向かい合うのは、私と若い女性のカウンセラー。

彼女は、とても優しそうな 人だった。

笑顔を絶やさず、まるで子供を見守る母親のような、やわらかな視線を送ってくれる。

「今日、相談したいことって何?」

カウンセラーの先生は、私にゆったりとした口調で話しかけた。

その声が耳に入ると、緊張のあまりかたく握り締めたこぶしが、少しゆるんだ。

空気に促されるままに、私は今まで悩んでいたことをかき消そうと、沈黙を破った。

「私のお姉ちゃん、いつも上手にふるまって、お母さんたちに褒められているの。私なん か、しょっちゅう失敗して、怒りの種をかっているのに。なんで私は褒められないの? なんで私はうまくいかないの? 万能で優秀なお姉ちゃんが、憎くて憎くてたまらない」

「どうしてお姉ちゃんのことが、そんなに憎いの?」

「だって、お姉ちゃんのせいで、家族は誰も、私に振り向いてくれない。お姉ちゃんが、 いいところ全部持って行っちゃうから」

両手を開いて、勢いよく机をたたいた。

乾いた音が、せまい部屋に響き渡った。

自分の手のひらに走る痛みで、ハッと我に返る。

気づけば、私はいつのまにか席から立ちあがって、 前のめりになっていた。

きっと今自分は、餌を狙う獣のような鋭い目つきに違いない。

姉への怒りを口にすると、 つい気持ちが高ぶってしまう。

急に恥ずかしくなって、私はうつむき、自分の席に腰を下ろした。

先生は、そんな私を見ても、決して動じたりはしなかった。

机の上に置かれた私の手を取って、和やかな顔で私を見つめた。

「そうだね。みんなが振り向いてくれないと、悔しいよね」

彼女の言葉を聞いて、長年絡まっていた細い糸が、ほどけていくようだった。

共感されたのは、今日が初めてだった。

周りに話せる人もいなかったから、ため込んだ想いが、あとからあとから溢れてくる。

「お姉ちゃんのどこら辺がいいと思うの?」

「勉強ができて、運動もできる。気が利くし、明るくて、友達もいっぱいいる。とにかくいいところだらけなの。それに比べて、私なんて取柄もなにもない。成績は上から数える ことができないくらいに低いし、百メートル走をすれば、すぐ追い抜かれて最下位。私も お姉ちゃんみたいに、才能あふれる人になりたかった」

「どうすれば、お姉ちゃんみたいになれると思う?」

「なれるわけないよ」

「そっか、諦めちゃってるんだね」

先生は、私から手を離すと、腕を組んで少しうなった。私はその様子を見て、ただ次の言葉を待つことしかできなかった。

「さっき、お姉ちゃんの話をしているとき、あなたは怒っていたと思うの。でも、あなた はお姉ちゃんを恨んでいるから憤ったの? 本当は、頑張らない自分に失望しているんじゃないの?」

「……わからない」

「お姉ちゃんも、周りから認められる過程で、なにも頑張らなかったわけじゃないと思うの」

「そんなことない」

「本当にそう思ってる?」

先生の鋭い問いかけに、私は言葉を詰まらせた。

姉は、いつも笑っている。

疲れて家に帰ってきたときも、課題をやっているときも、風邪 をひいて苦しい時も。

私の前では、笑みを絶やさない。

それはきっと、努力しないとできないことだった。

力が緩んだ瞬間に、笑顔って消えるものだから。

先生は、組んでいた腕をほどき、机の上にのせた。

そして、長い静寂を否定ととったのか、 さらに私に質問した。

「あなたは、お姉ちゃんのように努力できる?」

「そんなのしたくない」

とっさに答えた私に、先生は諭すように穏やかな口調で話し始めた。

「あなたがお姉ちゃんに憧れているのは、才能のせいじゃない。彼女の努力している姿勢が、あなたにはまぶしく映ったんじゃないかしら。なぜなら、努力を嫌がる自分がいるから。あなたはやっぱり、頑張らない自分のことが、許せないんだと思う。でもね、努力は、努力じゃないんだよ」

努力は努力じゃない?

一体どういう意味なのか。

私にはさっぱりわからなかった。

そんな 中、先生は話題を変え、さらに話を進めた。

「趣味は何?」

「音楽を聴くこと」

「それは、楽しい?」

「うん。おもしろいし、わくわくする。いつもは好きな歌手のこと、たくさんネットで調 べてるの」

頭に思い浮かべるだけで、自然と笑みがこぼれてくる。

ネットで調べるのもそうだが、わざわざ隣駅に行って、歌特集の本を見に行くだけで、心が晴れやかになる。

勉強は嫌いだが、こればかりは、学ぶことに抵抗がなかった。

「好きなことだと、情報を集めたくなるよね。そうすれば、自然と見聞を広めることができる。趣味で知識を深めるのは、なぜだと思う?」

「もっと知りたいから。興味があることなら、どんなに大変でも、楽しいから」

「そうだよね」

「え?」

「さっきも言ったけど、努力は努力じゃないんだよ。好きなことをしてるときって、周りの人から見たら努力だと思われる。でも自分からすると、興味であり、意欲でもあるんだよ。楽しいって思うことを、全力でやってごらん。そうすれば、周りからは努力しているって評価される。なにより自分でもそう思えるようになる」

私は努力できないんじゃない。

自分の嫌いなことを、頑張っているだけ。

そういうことなのかもしれない。

だが、好きなことばかりやっていたら、きっと途中でつまずくだろう。

大きな過ちをおか すこともあるだろう。

そんな不安定な生活で、果たして幸せになれるのだろうか。

「好きなことをやると失敗する、そう世間は否定する。たしかに、普通の人たちが望む人生は、安定していて怖くない。でも、その代わりに嫌いなことを続けなければならない。 自分に合わないことをやり通すのは、とても苦しい。楽しさを求めるか、安定を求めるか。 あなたはどちらを選ぶ?」

私はもう迷わなかった。

今まで自分が望まないことをやり続けたのだ。

これからは、自分のために生きてもいいのではないか。

姉ばかり、といつも思っていた。

恨んで、憎んで、忌み嫌っていた。

しかし、助言を受けてやっと気づいた。

私が本当に嫌悪していたのは、努力ができない自分自身だということ。

思った通りに尽力できない、そんな私は、自分の嫌いなことばかりに目を向けていたこと。

好きなことをやってみよう。

それがたとえ、届かない夢であったとしても、いつかかなうと信じるまで、私は一生懸命進み続ける。

足を止めずに前を向く。

そして、もしかなうなら、姉と肩を並べたい。

今度は恨む相手ではなく、ともに努力しあう仲間として。

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